浅川マキ 夜が明けたら

妙なもので、いつだったか、どこだったかわからないけれど、覚えていることがある。

(あるいは、夢だったかもしれない)

などと思う。

そんな不確かなことであるが妙にはっきりと覚えている。

私にとって、浅川マキさんがそうだと言えば言うことができる。

子供の頃、浅川マキさんがテレビに出ていたことを覚えている。いや夢だったのかもしれない。

出たのは、歌謡番組。

(こりゃ、夢っぽくなってきた)

シューベルツ、クールファイブといったところと出ていた。

後にも先にもこの時以外、浅川マキさんをテレビで拝見したことはない。

したがって、荘子ではないが、夢の中なのか現実なのかいまだに謎である。

浅川マキさんが「夜が明けたら」をリリースしたのは1969年。

シューベルツが「風」という曲をリリースしたのも1969年。

クールファイブが「長崎は今日も雨だった」をうたったのも1969年。

となると全く可能性のない話ではない。

だが、いま一つ現実味がない。

あの当時、フォーク系の歌手でテレビに出演した人はあまりなかったと思う。

浅川マキさんがどんな顔をしてテレビ局のスタジオに入ったかと思うと、心が笑みになる。

などど書きながら、今、浅川マキさんを聞いている。「かもめ」が終わったところ。

 

さて、浅川さんの「夜が明けたら」は独特のつぶやくような歌い方である。当時、歌謡曲というものしか聞いていなかった私には一種の衝撃でした。

ところが、凡人の悲しさ。この衝撃は歌が終わるとキレイに消えてしまって残らなかった。そのまま残した人の中にはブルースをうたう人になった人もいるかもしれない。

私はというと、意味も分からずに

あなたに会ったその日から 恋の奴隷になりました~?

などと歌って親から怒られたりしていました。

恋の奴隷にならずに浅川マキさんの声の奴隷になっていたら良かったかもしれない。

 

振り返ってみると、分かれ道はずいぶんあったね。

違う道を歩めば違った人生だったことは確実だ。

それが、幸福な道だったかどうかは分からない。神のみぞ知る世界です。

 

 

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1969年と言えばもちろんアポロ月着陸ですね。

子供の間でも

「ヒューストン」という言葉が流行したですね。

とっても凄いことだったのに、凄すぎてきわめて実感のない出来事でした。